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2006年10月 9日

ヤング・パーソンズ・ガイド・トゥ「バングラデシュ・コンサート」(承前)

しかしあれですね、だいたい1990年代くらいを通じてだと思いますが、みなさんご承知のようにいまはロックも歴史的なパースペクテイブのなかに収まってしまって、個々のアーティストや作品の評価もそんなにぶれることなくだいたい定まってしまっていて、そういう意味では、埋もれたアーティストや作品を発掘するという面白みというか快楽というかスリルは、もう昔にあったようなかたちでは存在しないですね。1980年代頃はそれでもまだそんなことはなかったと思います。一部のアーティストがまだ(セールス面や評論家の評価において)不当に扱われているという思いもあったり、音楽シーン的にもこれからまだなにか出てくるかもしれないと思われていた節もあるし。評価の固定化と並行して、たとえば中古レコード市場における当時のアナログレコードの初回盤などもそれぞれに値打ちが決まってしまっているので、掘り出し物というか穴場というか、そういうものを求めて中古レコードを探し歩く愉しみもだいぶ減ったといえます。情報が行き渡っているので、地方へ行っても事情は変わらないでしょう。
ここ10年くらいのなかで、リリースされた当時とくらべて劇的に評価が変わったなという音楽といえば、ぱっと思いつくところでは2000年代のグリッチ、IDM、エクスペリメンタルなどといったカテゴリーを通じて再発見された、70年代ジャーマン・プログレ…クラスターとかハルモニア…くらいのものではないでしょうか。アンビエントトランスを通過して再評価されたタンジェリン・ドリームとか。これらは、リリース当時といまとで、劇的に聴き手の評価が変わったものとして、記憶に新しいですね。でも中古レコード市場ということでいえば、もともと少数の固定ファンはいたし、マニア向けという位置づけはそんなに変わらないので、アナログ盤自体の相場はそんなに変わってもいないですかね。

それでなんの話かというと、ボブ・ディランでした。
ボブ・ディランについても、十分にその歴史的な変遷は喧伝されているので、実は昨日、続きを書くといったようなことも、すでに十分すぎるほど人口に膾炙しているわけなので、あえて書くこともありますまい、と今日になって思ったしだいでした。
とにかく、「ロック」が今日(1971年時点ですな)、われわれが呼んでいるような姿をあらわしてまだ約数年、(といって結局書いていますが)、そのことに加担した人物のひとりとして、いま(1971年)でこそ沈黙しているが(1971年時点ですでに5年…)、「ロック界最重要人物」(ジャーナリスティックな言いかたですな)としての認識が日々高まり、定着しつつあったボブ・ディランが、ジョージ・ハリスンの呼びかけでワイト島の単発ステージから数えても2年ぶりにステージに姿をあらわす…というときに、かつては「ロック」へと「移行」するために、リスナーから激しく非難を浴びながら強固な意志でかなぐり捨てたはずの、1960年代初頭のフォーク・シンガーのアイコンを身にまとってステージに立つ。しかも「プロテスト・ソング」を立て続けに歌う(「ナッシュビル・スカイライン」「セルフ・ポートレイト」を経ているのでカントリーっぽいですが)。さらに「フォーク・ロック」時代の曲もまたニュアンスを変えて歌う。このはぐらかし、つねに「期待されているもの」を察知してそれをはぐらかすこと、それが2006年現在にいたるまでのボブ・ディランというアーティストの一貫性といえるものなのではないでしょうか。
(…そんなカンタンな話かよということでこの項終わり。なるたけあいだあけないよう心がけますのでではまた!)

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