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2006年10月12日

ボブ・ディラン=ジョン・レノン同一人物説

(最初にことわっておきますが今回の話はかなりくだらないです。読んでも怒らないでください…)。

いまではすっかり廃(すた)れましたが、廃(すた)れるのもあたりまえですが、昔、「ボブ・ディラン=ジョン・レノン同一人物説」というのがありました。(たしかあったと思うのですが…そこからして記憶が曖昧)。
ボブ・ディランとジョン・レノンは、実は同じ人物だというのです。

かたやリバプールでバンドを結成してはみたものの泣かず飛ばずの日々を過ごし、夜な夜なヤケになって酔っ払っては酒場でクダを巻いていたジョン・レノン、もう一方のボブ少年はといえばそのころ、ミネソタ州ヒビングの田舎町でラジオから流れるハンク・ウィリアムスの歌声に耳を傾け、リトル・リチャードに憧れてハイスクールでバンドを組んでいたはずですが、その経歴のどちらかは捏造なわけで、とにかくジョン・レノンは60年代初めのあるとき、ひょっこりとNYのグリニッチ・ヴィレッジに姿をあらわし、あれよあれよという間に切れ味の鋭いプロテスト・ソングで頭角をあらわし、USAで地盤をひとまず固めておいて、それからいったんリバプールへと拠点を移し、イギリスを制覇してから再度USAを訪問することになるわけです。ディランが1965年以降エレクトリック化するのはあたりまえで、もともとボブ・ディランはジョン・レノンなのですからなんの不思議もないのです。また、そうはいっても、ビートルズの活動の負荷がピークに達する1966~1969年頃は、さすがに二役をこなすのはしんどいと思ったのか、1966年の7月から、ボブ・ディランとしての活動は、謎に包まれたバイク事故によっていったん休止にします。そうかと思うとビートルズ解散後の最初のソロ・アルバム「ジョンの魂」では、ビートルズをやることの重荷から解放された安堵からか、「ワーキング・クラス・ヒーロー」という曲で、ついうっかり自分がボブ・ディランであることを打ち明けてしまったりもします。さらに1971年のバングラデシュ・コンサートでは、当初ジョン・レノンも出演するといわれていましたが、結局出ませんでした。それもそのはず、出られるわけはないのであって、同じステージにボブ・ディランも出演していて、二人は同一人物なのですから…。
というような話になるわけです。わけがわかりませんね。大陸に渡ってチンギス・ハンになった源義経じゃああるまいし。
(では、1966年収録の映画「イート・ザ・ドキュメント」で、二人並んでクルマの後部座席に座って意味不明の話を延々とするシーンがあるではないか、といわれるかもしれません。これも実は画面上の合成で、一人二役なのです。というか、同一人物だからこそ、多忙を極めるスケジュールの間をぬって、こういう場面を収録することが可能だったのです…)。

なにでそれを読んだのか、けっこうまことしやかに言われていたのか、ただの冗談だったのかさえも、いまとなっては記憶をたどっても、思い出すことはできないのですが、なにを根拠に言われていたかで、ひとつ覚えているのは、なにかの雑誌だったか単行本で、2枚の写真が並べてあって、ひとつはボブ・ディランのファースト・アルバムのジャケット(ホーボー・スタイルでギターを手に微笑んでいるボブ少年の写真(逆版?…))、もうひとつはジョン・レノンの最初の著作「イン・ヒズ・オウン・ライト」の表紙(原書の初版で使われている、コートの襟を立てて帽子を被って微笑んでいる、紺色の外枠にセピア調の写真)とが並べて掲載されていて、これが両者がうりふたつではないか、というものだったと思います、たしか。

この項は、これ以上詮索せず、これにて終わり。ではまた!

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コメント

はじめまして。喜山といいます。
楽しく読みました。というより、とても面白かった。
どうしてこの話、こんなにリアリティがあるんでしょうね。

楽しい嘘というより、皆には言えない真実
のように受け取りました。


投稿: 喜山 | 2006年10月12日 18時24分

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