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2007年11月の投稿

2007年11月30日

ジョン・レノン「ジョンの魂/ジョン・レノン/プラスティック・オノ・バンド」 (発売元:東芝音楽工業株式会社、レコード番号AP-80174)

ジョン・レノン「ジョンの魂/ジョン・レノン/プラスティック・オノ・バンド」 (発売元:東芝音楽工業株式会社、レコード番号AP-80174)
\2,000
購入日:1971年(昭和46年) 11月30日(火)。十五歳。中学三年生。
購入場所:いつものTレコード店。


今日は会社でちょっとしたメルクマールなできごとがあったのですが、そんな日に「ジョンの魂」とは、よりによって…。でもまあ、それはここではどうでもいいことです。
ただちょっとした因縁は、感じなくもないです。
前に、9年ほど前ですか、ちょっとした機構の変化などがあったときも、そのときはボブ・ディラン「ロイヤル・アルバート・ホール」が初めて、オフィシャルにリリースされたときと重なったりしたので。なんで、32年(1966年から1998年)の時をへだてて、このタイミングに?と思ったものでしたから。
ただの偶然で、それ以上の意味はないですけれどね…。
なにより「ロイヤル・アルバート・ホール」といえば、前にも記事を投稿した、高校二年生の春休みに、1974年に、新宿のディスクロードで買ったレコードでしたから…。そのときから数えて24年(1974年から1998年)。

で、今日は「ジョンの魂」です。丸帯が光っていますね。
買った日の記録を見ると、レコードの溝がヘンで、針が飛ぶため、翌日Tレコード店に持っていって取り替えてもらった、と書いてあります。
そのときのことは、よく憶えています。Tレコード店の、レコードに詳しいおばさんの店員さんが、「いかにも針飛びしそうな溝だ」と、盤をすかして眺めて、言ったことを憶えています。

話は飛びますが、このレコードが、のちに「ミレニアム・エディション」として、「オノ・ヨーコ夫人立ち会いのもと」(CDの帯の文言から)、「リミックス&デジタル・リマスタリング」されたものが2000年に出ましたが、それを聴いて、「しっかりジョン」のイントロのギターの音の数が、長く聴きなれたものより多かったことに、驚いたひとは、わたし以外にもたくさんいたと思うのですが、なんで話題にならなかったでしょうか。Plasticonoband


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2007年11月27日

ドノヴァン「ドノバンの贈り物/夢の花園より ドノバン」 (発売元:CBS・ソニーレコード、レコード番号SONP50173~74)

ドノヴァン「ドノバンの贈り物/夢の花園より ドノバン」 (発売元:CBS・ソニーレコード、レコード番号SONP50173~74)
\3,600
購入日:1971年(昭和46年) 11月6日(土)。十五歳。中学三年生。
購入場所:いつものTレコード店。
(歌詞カードの訳詩:ダン・ケニー/青井陽治、「ドノバン」はレコードに記載された表記のとおり)


1971年11月21日(日)に「ベスト・オブ・ドノヴァン」、その翌々日の11月23日(火)に「ハーディー・ガーディー・マン」を買ったことは、この前とその前の記事で書きました。
しかし、ちょうどいろいろと忙しさにかまけていたために、同じ年の同じ月、11月6日に、「ドノバンの贈り物/夢の花園より」もまた買っていたことを、この11月6日前後の時期にあわせて記事として投稿することを、できずにいました。…ので、ここまで書いたからには、そのこともおくればせながら今になって書いておくのです。

つまりこの1971年の11月だけで、3枚(ひとつは2枚組なので、枚数でいうと4枚)の、ドノヴァンのレコードを買ったのでした。
買いすぎ。
1971年11月は、ドノヴァン・イヤー、ドノヴァン・マンスなのでした。
わけても、この、1971年11月6日に買った「ドノバンの贈り物/夢の花園より」は、ドノヴァンを偏愛し始めた1970年夏以来、このときまでのドノヴァンのキャリアにおける最重要アルバムと世間的にも目されていたので、買うときにかなり期待して、高揚して買ったことを憶えています。

このアルバムもご他聞にもれず、Tレコード店で注文して、取り寄せてもらったのでした。
前日11月5日にも行ったがまだ入荷していなくて、翌日11月6日の17:30に行ったがまだ。古本屋で待機して時間を潰し、18:30に行くがまだ来ず、18:50に荷物が届いて無事入手、と当時の当日の記録に書いてあります。ビートルズのポスターをオマケでもらうつもりだったがたまたまそのときになく、次回もらう約束をとりつけた、とも書かれています。

ついでだから、この際(「このさい」というのはそういえば藤あや子の別名…関係ない話でスミマセン)、1971年11月の一ヶ月に買ったレコードは他になにがあるかということを、列挙してみますと…。このドノヴァンの3枚以外に、
11月13日(土)  レッド・ツェッペリン「Ⅳ」
11月30日(火) ジョン・レノン「ジョンの魂」
を買っています。いずれもTレコード店。
このドノヴァン以外の2枚は、いずれもこの当時の、この月に国内盤が発売された、ばりばりの新譜です。買いすぎ。これらについては、また機会をあらためて書きましょう…。
(2007/12/1追記…「ジョンの魂」国内盤発売は1971年2月でした。「Ⅳ」は記載とおり1971年11月発売。お詫びして訂正します)。

「ドノバンの贈り物/夢の花園より」の肝心の中身については…「バツグン!素晴らしい」と当日の記録に記されています。
このレコードはいつでもわたしを1967年に連れて行ってくれる…。それと、これを買った1971年に、それから、これまでにこのレコードを聴いたときの楽しかった時間のすべてに、ですね。Giftfromaflower

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2007年11月26日

ドノヴァン「ハーディー・ガーディー・マン/ドノバン」(発売元:CBS・ソニーレコード、レコード番号SONP50045)

ドノヴァン「ハーディー・ガーディー・マン/ドノバン」(発売元:CBS・ソニーレコード、レコード番号SONP50045)
\1,800
購入日:1971年(昭和46年) 11月23日(火)。十五歳。中学三年生。
購入場所:いつものTレコード店。
(歌詞カードの解説:糸居五郎、「ドノバン」はレコードに記載された表記のまま)

2日前の1971年11月21日(日)に、「ベスト・オブ・ドノヴァン」を買ったことは、一昨日書きました。
その翌々日の11月23日(火)に「ハーディー・ガーディー・マン」を買ったのは、もともとこの2枚のレコードを、前の週の週末、11月19日(金)に、Tレコード店に2枚まとめて注文し、Tレコード店に届いた日がべつべつだったので、届いた順番に買ったのだったことも、書きました。

2日間で、ドノヴァンがまだ、「イギリスのボブ・ディラン」だった頃と、「フラワー・パワー」最盛期を経過したあとの頃とを、たてつづけに聴いたわけでした。
年号でいうと、1965年から1968年、あしかけ4年くらいの短い期間なのですが、しかしそのあいだにドノヴァンも、時代も、変貌を遂げました。

1965年と1968年とは、たしかに、ぜんぜんちがいます。…ちがうと、わたしは思うのですが…。前者には、それより以前の時代にあった、「矜持」とでもいうべきものが、まだひとびとのこころの中にあって、それらが集まったものが社会を形成していた。ひとくちにいうと、その後はいなくなった「大人」というものがまだいて、それが世の中で機能していた時代だったような気がします。後者はというと、それが変形をこうむり、それは、世間的にいえば、日本で「明治百年」とか「昭和元禄」と呼ばれていた時代のことだったと、思うわけです。
いまのこの話は、日本にかぎって、当時のわたしの目線から感じた印象にすぎないのですが、同じような事態は世界のあちこちで起こっていて、そのあらわれのひとつが、西海岸を中心とする「フラワー・パワー」だったといっていいのではないでしょうか。
いうまでもなくドノヴァンは、この期間を通じて、みずからどっぷりとそこに身を浸したわけです。

ところでわたしはといえば、このアルバムを、これらの時代のずっとあとになって聴いているように、その当時(レコードを買った1971年)感じていたと思うのですが、実際は、1968年からわずか3年後に聴いていたわけでした!

1968年に小学六年生で、フォーク・クルセダーズに熱中していた(1967年の暮れに、帰省して四国にいたときにラジオ関西の番組を聴いて彼らを「発見」したのでした)自分が、1971年に中学三年生になって、ドノヴァンを聴いているというしだい。

あとになって思うに、このことは、1968年に自分が小学生のころに吸っていた空気を、1971年にドノヴァンを聴くことで、もう一度、吸いなおしていたということなのかもしれません…。


「ハーディー・ガーディー・マン」は、フラワー・パワーの熱気を通過したあとに、ドノヴァン自身がみずからをクールダウンさせる…沈静化させることを意図したかのような、いつもの暖かさがあるなかにも、どこかひんやりとした手触りが感じられるアルバムで、どちらかというとかなり地味な印象を受けるかもしれませんが、しかしそれだけに、一度とりこになったら最後、容易には離れられなくなるような、小さくて可憐な曲がたくさん入ったアルバムです。

「フラワー・パワー」の恩寵をどこか信じきった感のある(もちろんそれがわるいということではなく、作品的には素晴らしいの一言に尽きるのですが)、前作「ドノヴァンの贈り物/夢の花園より」を経過したあとで、一転して、内省的な雰囲気がより強くにじみ出たアルバムなのだと思います。Hgm_donovan

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2007年11月24日

ドノヴァン「ベスト・オブ・ドノヴァン」(発売元:日本コロムビア株式会社、レコード番号XM-138-Y)

ドノヴァン「ベスト・オブ・ドノヴァン」(発売元:日本コロムビア株式会社、レコード番号XM-138-Y)
\2,000
購入日:1971年(昭和46年) 11月21日(日)。十五歳。中学三年生。
購入場所:いつものTレコード店。


Tレコード店のポイント200点で買った、と記録に書かれています。この前の週、11月19日(金)に、もう一枚のドノヴァンのアルバム「ハーディ・ガーディ・マン」といっしょに注文し、「ベスト・オブ・ドノヴァン」だけ先に届いたので、買ったのでした。
パイ、ヒッコリー時代のドノヴァンを聴くのはこのときが初めて。
買った日の記録には、フォーク時代のボブ・ディランによく似ていることが、いかにも中学三年生らしい表現で書きとめられています。
(こう書いてありました、「中身はなんちうか、ボブ・ディランのさるまね」…と(^^))。

この「ベスト・オブ・ドノヴァン」を買った11月21日の6ヶ月ほど前、1971年5月4日に三木楽器で買ったブートレッグ「Reedy River」で知って、そのライブ・バージョンが好きだった「太陽を求めて」のパイ、ヒッコリー時代のオリジナルのスタジオ録音は、この「ベスト・オブ・ドノヴァン」には収録されていませんでした。「ジャージーの木曜日」「夏の追憶」「みかん人形」も、入っていませんね…。

パイ、ヒッコリー時代の全曲をもれなく聴くことができるのは、このあと、1973年4月6日(金)に2枚組みの「ドノヴァン・ストーリー」を買うときまで待つことになります(「走れ!イケテル君」(旧:「今日こんなレコードを買った」)2007年4月7日の項参照)。
「太陽を求めて」のスタジオ録音を聴くのも、そのときまでおあずけだったということでした。

ところで、帯に書かれてある曲名、「ドナ・ドナ・ドンナ」って…「ドンナ」って…?Bestofdonovan_2


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2007年11月 6日

ザ・ローリング・ストーンズ「ビッグヒッツ/ハイ・タイド・アンド・グリーン・グラス」(ロンドンレコード、発売元・キングレコード株式会社、レコード番号SLC166)

ザ・ローリング・ストーンズ「ビッグヒッツ/ハイ・タイド・アンド・グリーン・グラス」(ロンドンレコード、発売元・キングレコード株式会社、レコード番号SLC166)
\2,000
購入日:1970年 (昭和45年) 11月5日(木)。十四歳。中学二年生。
購入場所:いつものTレコード店ではなく、駅の近くのB電器。


これよりつい二日ばかり前の1970年(昭和45年)11月3日火曜日に、AT君と、映画「レット・イット・ビー」を観に行った帰りに、Tレコード店の近所にありながらちょっと奥まった通りにあったためにそれまで訪れなかったOレコード店を初めて訪れ、「アート・ロック」関連のレコードの品揃えの豊富さにふたりで感動したばかりだったわけでしたが、その「発掘」したばかりの新しいOレコード店ではなく、またいつものTレコード店でもなく、今回は、駅の近くのB電器のレコード売場で買っています。

1969年の暮れに、AT君に影響されて「スルー・ザ・パスト・ダークリー」を買って愛聴していたので、そしてなによりも、わたしがその頃すでに、自他ともに認めるブライアン・ジョーンズ・フリークだったので、ブライアン・ジョーンズがまぎれもなくストーンズのリーダーだった時期の曲を、なるたけ早く、たくさん聴きたいという気持ちを、1970年の一年間をとおして持ち続けていました。
しかしストーンズ以外に買いたいレコードが、新譜として次から次へと出てくるので、なかなかストーンズの旧譜にまで手をまわすことができませんでした。

ちなみに、この当時の、ストーンズの過去のアルバム…一枚目から「アフターマス」までの国内盤というのは、こんなかんじで出ていました(画像参照)。
いくらなんでも、さすがにこのジャケットはないなと、子供ごころにも思っていたので(当時まだまったく観ることがかなうとも思わなかった、「ロックン・ロール・サーカス」からのスチールというところは良いのですが)、買うならUKオリジナル盤だと心に決めていました。

…UKオリジナル盤の購入といえば、このときよりさらに三ヶ月ほどさかのぼった、1970年8月に、万博(Expo70)を見ることが目的で、親戚に連れられて大阪へ行ったのですが(大阪へ行ったのはこのときが初めてでした)、そのときも、万博よりもなによりも、わたしにとっては、ストーンズの輸入盤を買うことが、大阪行きの第一の目的なのでした。
その当時の雑誌の、ストーンズの輸入盤が一覧になって写真つきで載っていた、楽器店のモノクロ広告を破いて、関西汽船の大阪行きの(神戸で降りましたが)船中にたずさえて行きました。
しかし結果的には、輸入盤ではなく、「ゼア・サタニック・マジェスティーズ」の国内盤を梅田で発見して、その一枚を購入するにとどめたのでした(1970年8月8日土曜日)。
このときもまた、炎天下、大阪市のレコード店をハシゴして、旅行中にわたしの面倒を見てくれた母方の従姉を、ひっぱりまわしてしまいました(同じことを1974年3月に東京でやったときは、父方の従姉)。

それ以来、今回の11月5日購入の「ビッグヒッツ…」で、通算4枚目のストーンズのアルバム購入となり、当時の最新作であった「レット・イット・ブリード」はAT君に聴かせてもらっていましたが、自分で買うのはもう少しあとだったと思います。AftermathBighits


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2007年11月 3日

ワーナー・ブラザース映画<ウッドストック>オリジナル・サウンド・トラック「ウッドストック」(アトランティックレコード、発売元・日本グラモフォン株式会社、レコード番号MT9065/67)

ワーナー・ブラザース映画<ウッドストック>オリジナル・サウンド・トラック「ウッドストック」(アトランティックレコード、発売元・日本グラモフォン株式会社、レコード番号MT9065/67)
\4,500(3枚組)
購入日:1970年(昭和45年)11月2日(月)。十四歳。中学二年生。
購入場所:いつものTレコード店。


1970年(昭和45年)11月2日、月曜日、AT君といつものTレコード店へ行き、「ウッドストック」のオリジナル・サウンド・トラック盤(LP3枚組)を買いました。
平日なので、学校の帰りに寄ったのだと思います。
すこし前に「オブリオの不思議な旅」を買ったときのところでも書きましたが、AT君もまた、電車での通学組だったので、Tレコード店のある場所は、電車に乗る駅からさらにバスで停留所ふたつ分、出向いていかなければならないので、わたしがレコードを買うのに付き合ってくれたということなのでした。

これは1970年(昭和45年)11月2日、いまから37年前の昨日、ということになります。
37年前の今日、1970年(昭和45年)11月3日火曜日はどうだったかというと、午前中に部活でバレーボールの練習をやったあと、AT君とクラスの友達といっしょに、映画「レット・イット・ビー」を観に行った、と記録に書かれています。
そのあとAT君とふたりで、いつものTレコード店の近くにあるOレコード店というところに初めて行き、そこには「アート・ロック」関連のレコードが「ガッポリと置いてある」(当時の記録の表現)ので、AT君は、これからこの店に乗り換えると宣言した、と記録に書かれています。
でももちろん、いつものTレコード店も、このあともずっと二人とも、ひいきにしていたのでした。

ちなみに、「ワーナー・ブラザース映画<ウッドストック>オリジナル・サウンド・トラック」は、当時の帯の表記のまま。レコード会社もまだワーナー・パイオニアでなく、日本グラモフォン株式会社ですね。
「ウッドストック」の映画はというと、記録をひもとくと、これより約一ヶ月早く、1970年(昭和45年)9月28日(月)にAT君とクラスの友達もうひとりと、観に行っています。Woodstock

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